大切な人の死と向き合う。救われた言葉

私は父を交通事故で亡くしました。

突然、大切な人がこの世からいなくなるという現実。頭が真っ白になりました。

泣いても泣いても涙があふれてきて、泣きながら寝て起きたら夢だったんじゃないか?と思っても現実で全く信じられず受け入れられずにいました。

そんな中、たくさんの人が声をかけてくれたり、たまたま見た言葉で心が救われたことがあったので、そのことについて触れたいと思います。

大切な人を亡くして途方に暮れている方の気持ちが少しでも楽なれば良いなと思います。

今、そんな状況ではない人も心のどこかに覚えておいてもらえると嬉しいです。

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先に行ったその世界はまさに楽園?!

普段人の「死」について考えることも触れ合うこともないとそれは本当に特別で全くわからん世界と感じます。

でも人間は生きている限り誰もが死を迎えるわけです。

それはわかってはいるもののどうしてもその死については普段考えることもないですし、考えさせられることもありません。

小さいころも今も自分にとって「死」とは別世界の話と思っていましたが、歳を重ねるごとに悲しいお別れも経験してそれは切っても切り離せないものだとわかってきました。

そして何も知らない死んだ先のことはそれこそ死んだ人にしかわからないからとても怖かったりするんですよね。

死にたくないって思っちゃいます。

そして先に亡くなった人のことを嘆き悲しみもう会えないという現実と向き合い絶望するのです。

私も父が亡くなった時はちょうどそんな感じでした。

交通事故だったので、相手を恨む気持ちもどんどん湧き上がってきてもうぐちゃぐちゃの気持ちでした。

その当時は相当醜い心だったと思います。

そんなどうしようもなく悲しいやり場のない気持ちを救ってくれたのは1通のメルマガでした。

ある方のメルマガに登録していたのですが、通夜から葬式とバタバタしていてメールを開くことさえなかったのですが、火葬場に行くバスの中、時間があったのでふとメールを開くと飛び込んできたメールタイトルに思わず読み進めてしまいました。

その中で書かれていたことはこのようなものです。

死後の世界は誰も経験したことがないのでわからないところです。

わからないことを心配するよりもわからないところを想像するならば良い想像をしたほうが良いと。

そして死後の世界はこの世では感じることができないほど素晴らしい場所なのではないか?と

極楽と言われますが、その通り、痛みも悲しみも怒りもなく欲は満たされてとても綺麗な景色が広がりまさに楽園!最高の場所。

食べたいものはたらふく食べられて、毎日が楽しいことで溢れているそんな日々。

この世を一生懸命に生きた人のみがいける場所なんだとか。

そんなに素晴らしい楽園に行けるのに、こちらに遺された人がいつまでも嘆き悲しみ泣き続ける毎日を送っていたら・・・・・優しい人ほど生きている人のことを心配してその素敵な場所に行けない。成仏できないって言われますよね。

そういうことではないだろうかって。

ある別の人が教えてくれたことは、この世こそが修行の世界だと。

その修業が終わった人のみがあちらの世界に行けるとも言われました。

確かに父も義父も病気で手術をしたり痛い思いもしていました。

どちらも強かったので周りに辛いや痛いと泣き言は一切言いませんでした。

普通で考えたらめちゃくちゃ痛かったやろうし、苦しかったやろうし、不安やったと思うんです。でも誰にも相談せずに一人抱え込み皆に心配をかけないようにしていました。

そういう痛みや苦しみから解放されていま安らかなとても穏やかな楽園にいると思うんですね。

そう思ったらなんかめちゃくちゃ気が楽になったというか、救われたような気がしました。

そりゃもちろん悲しいし寂しい。

思い出して涙することもまだまだあります。

でも前のように、なんで?こんなに早く!!もう会えないなんて寂しすぎる。辛すぎる。もう無理だ。と放心状態になるようなことはなくなりました。

それよりもどうか良いところに行けますように。そしてそこから私たちをいつまでも見守っていてくださいね!という気持ちになっていきました。

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後を追っても絶対に会えない?

大切な人に先立たれてもう自分の生きがいもなくなり、あとを追って自分も・・・とその命を自ら断つと、絶対にもう二度と同じところには行けないということも言われました。

この世を全うして修行を終えた人にしか行けない楽園で大切な人は待ってくれているのに、その修行をせずにすぐにあちらの世界に行こうと思ってもそうは叶わない。それどころか絶対にもう二度と、その人には会えないと言われました。

だから遺された人は悲しくても辛くても生きていくしかないんですよね。

もうその悲しみこそが修行ですね。

それを乗り越えてさらにまた歩き出した人だけが先に行った人の素晴らしい場所へ行くことが出来るそうです。

永六輔さんの名言にこんな言葉があります。

「死ぬって言うからおかしくなる、先に行くっていうだけなんだから」

まさにその通り。

先に行った場所は想像を超えるほど素晴らしい場所らしい。。。

ということで、大切な人がその場所へ行けるようにいつも心に感じて、そして成仏できるように心静かに送り出すことが大事なんだなと思います。

そんなことは言っても実際に大切な人がこの世からいなくなるというのは実際にその立場になった方しかわからないです。

交通事故で突然命を失った遺族の想いは簡単には癒えるものではありません。

でもその傷を抱えながら生きていくしかありません。

今も突然の喪失感が襲ってきて涙が出ることもありますが、あちらの最高の世界で待ってってくれてるんだろうなと思ってやり過ごしています。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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