鬼滅の刃の魅力がわからない人に猗窩座(あかざ)の過去エピソードを読んでもらいたい!!

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鬼滅の刃が大人気でハマる人が続出する中、その魅力がわからないという人もいるようです。

最初がちょっと残虐なシーンも多く暗いので苦手と感じる人もいるかもしれません。

ただ最終巻まで全部読んでみて、すっごい考えさせられる漫画だなと深く心に響きました。

これだけ大人気になった鬼滅の刃ですが、その魅力がわからない人もいるのも事実です。

なぜその魅力がわからないと思ったのかその意見も聞きてその理由とともに是非そんな方にも

読んでもらいたいなと思う猗窩座(あかざ)の過去のエピソードについて熱く語らせていただきます。

鬼滅の刃の魅力がいろいろと語られていますが、完全に個人的な意見で鬼滅の刃の魅力を全力でお伝えさせていただきます。

後半ネタバレが大いに含まれた内容になっておりますので、まだ漫画をご覧になっていない方はご注意ください。

では詳しくどうぞ。

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鬼滅の刃の魅力がわからない理由

鬼滅の刃の魅力がわからない理由:残虐でグロいのが苦手

のっけから主人公、竈門炭治郎の家族が鬼の手により惨殺される描写があります。

そこからもう見るのが嫌!!と嫌悪感を抱く人は少なくないようです。

私のママ友も子供が好きでコミック全部もっているけど、本人は最初の2巻くらいで、暗いしもうしんどい。

いつから面白くなるの?と読み進めるのが楽しいというよりも辛いと感じてしまったようです。

たしかに、最初のシーンは衝撃的でしたし、あれを見て辛くなって読み進めるのが嫌になるのはわかる気もします。

小さい子供にはとても辛くて衝撃的なシーンなために受け入れられない子供も多いかもしれません。

大切な人を一瞬にして奪われれてしまうという絶望を前にして心が暗くなってしまうのも無理はありません。

ただそんな暗いまま終わってしまうのでなく、いかにして主人公の竈門炭治郎が家族を奪った鬼を追い詰めていくのか、どうやって強く成長していくのかが見どころの一つになってきます。

ママ友のようにどこから面白くなってくるのか?言われたら仲間の我妻善逸(あがつまぜんいつ)や嘴平伊之助(はしびらいのすけ)が出てくると笑える要素も出てきてホッとするシーンが多くなりますのでそれまで頑張って読み進めて欲しいです。

鬼滅の刃の魅力がわからない理由:笑いのツボが合わない

善逸や伊之助が仲間になるとそのキャラクターが個性的でやりとりが可愛くて面白いと感じるのですが、それ自身が全く合わない、好きじゃないと言う人もいるようです。

私は逆に戦闘シーンや悲しいシーンなんかが続いている途中で炭治郎、善逸、伊之助がわちゃわちゃと仲睦まじく掛け合うところは心底ホッとしてそれもまた鬼滅の刃の魅力の一つでもあると思います。

ただそういう急にシラケた感じが苦手な方は面白くないと感じちゃうようです。

激闘を繰り返す中のコミカルなシーンが砂漠のオアシスのようで私はクスっと笑えて癒されるのですが、苦手とされるかたもいるのですね。

そこに関してはサラッと読み進めていただくしかないかなと思います。

鬼滅の刃の魅力がわからない理由:戦闘シーンがごちゃごちゃしている

鬼との闘いが激しくなってくると、それぞれに攻撃するために技を出すのですが、そのシーンになるとごちゃごちゃしていて、どっちがどうやって攻撃しているんだかよくわからなくなってきます。

どちらが有利なのか読んでいてもわからなくなる時があります。

小学校1年生の娘が自分でも読むのですが、読んで欲しいというので読み聞かせするのですが、戦闘シーンは辛いものがあります。

私はそれが一番読みづらいなと感じたので戦闘シーンはサクサクと読み進めていきました。

鬼滅の刃の魅力が満載の猗窩座(あかざ)の過去エピソードが切なく泣ける

鬼滅の刃を全巻読んでどのエピソードが一番グッとくるかと聞かれたら、私は間違いなく猗窩座(あかざ)の戦闘シーンから過去エピソードと答えます。

猗窩座と言えば、『鬼滅の刃 劇場版無限列車編』で柱の一人である煉獄杏寿郎を打ち負かし、陽が登る直前で逃げ、炭治郎に「逃げるな!卑怯者!!」と言われた上弦の参の鬼です。

アニメを見て映画を見ただけの人はなぜ猗窩座がそんなにすごいのか全く理解できないと思います。

私も最初は漫画を読まずにアニメを見て映画を見たのでその段階で猗窩座の過去が最高に良いと言われてもピンとこないと思います。

それよりも煉獄さんを倒した憎っき鬼という感情しか持ち合わせていなかったです。

映画を見終わってからその続きの漫画で読みました。

猗窩座と炭治郎、富岡義勇が戦うのですが、そこで語られる猗窩座の過去が壮絶すぎて泣けるのです。

以下、ネタバレ含みます。

知りたくない方はご覧にならないでください。

富岡義勇と炭治郎とともに猗窩座との戦闘シーンがあるのはコミック17巻~18巻です。

2人は激闘を繰り返し最後に炭治郎が見事に猗窩座の頸を切り落とします。

そして頸はすぐに崩壊していくのですが、なぜか身体の崩壊が始まりません。

その時に猗窩座は人間だったころの記憶を思い出します。

猗窩座は強いことにこだわりを持っています。

強いものが絶対で弱いものが大嫌い。その理由がわかる過去です。

猗窩座の人間だった頃の名は狛治(はくじ)。

彼の家は貧乏で父親は病気でどんどん衰弱していきます。

父親が大好きな狛治はその病を治そうと薬を買うお金の為に盗みを繰り返します。

その頃から「強くならなければ」と言う信念がありました。

強くならなければ財布を盗んでも逃げ切れない、返り討ちにあっても勝てない、捕まって刑罰を受けてしまうと。

実際に盗みで捕まって拷問を受けても威勢も言い返すほどの強靭な精神力と体力の持ち主でした。

両腕には何度も捕まりスリの証拠である入れ墨を6本も入れられていました。

すべては父の薬を買うため、大切な人を守るため。

そんな中父親は息子が罪を繰り返すこと、人様に迷惑をかけることに耐え切れなくなり、首をつって自殺してしまうのです。

息子に迷惑をかけた、真っ当に生きろという遺書を残して。

狛治は自暴自棄になって、街に出て周りの人を殴りつけ圧倒的強さで大人を倒していきます。

それを見ていた慶蔵(けいぞう)という素流道場(素手で戦う)の師範が声をかけます。

門下生にならないかと。

反抗心むき出しで慶蔵にかかっていく狛治ですが、「生まれ変われ少年」といって逆にボコボコにやられてしまうのです。

門下生としてくる代わりに自分の娘が病弱なので自分がいない間看病してくれと頼むのです。

娘の名前は恋雪(こゆき)。

身体がとても弱く寝込んでいます。

花火の話になり何気なく言った狛治の「今日見れなかったら、来年でも再来年でも見に行こう」と言う言葉が嬉しくなります。

両親でさえも諦めている自分の未来を見せてくれる狛治に惹かれていくのです。

3年経ち、慶蔵に道場を継いで欲しいと言われ恋雪も狛治のことが好きだといい、2人は結婚することが決まりました。

狛治は命に代えてもこの二人を守りたいと思ったのです。

大事な人を守るために強くなりたいといつも願っている狛治でした。

ですが、その想いは叶いませんでした。

結婚の報告をするために父親のお墓参りにしている間に、素流道場の隣にある剣術道場の跡取り息子と門下生により井戸に毒を入れられ、慶蔵と恋雪は命を落としてしまうのです。

その後怒り狂った狛治は剣術道場の67人を素手で皆殺しにしてしまいます。

血まみれで打ちひしがれているところに姿を現したのが鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)です。

鬼を配置した覚えのないところで鬼が出たと噂されたから来てみたら人間だったと言うのです。

そして強い鬼を12体ほど造ろう思っているからと言って狛治の意思を聞く間もなく自分の血を与え狛治を鬼に変えてしまうのです。

狛治自身も自暴自棄になっているため、「もうどうでもいい」といって何の抵抗もしませんでした。

そうして狛治は鬼の「猗窩座(あかざ)」になりました。

猗窩座は鬼になりそのすべての記憶が消えてもなお、強さを追い求めたのです。

強くあることへのこだわりは鬼になっても消えませんでした。

だから猗窩座は弱いやつが大嫌いなのです。

弱いやつは正々堂々と戦わず、毒を入れる。

卑怯で姑息で醜いと許せないのです。

でも猗窩座は最後に気付きます。

本当に殺したかったのは自暴自棄になった自分。

守る拳で人を殺した自分。

師範の大切な素流を血で染めた自分。

父親の遺言も守れなかった自分。

それに気づいた猗窩座は身体が再生する中で自分自身を攻撃します。

炭治郎に完敗したことを認め自分自身も負けを認めるのですが、身体の再生が止まりません。

過去を思い出しもう終わるのか…と言うときに鬼舞辻無惨が記憶に出てきて「強くなりたいんではなかったのか、猗窩座!」とまたも猗窩座を揺さぶります。

でも最後の最後に恋雪がでてきて「狛治さん、ありがとう。もう充分です」と言われ「ごめん、ごめん。守れなくてごめん。」と泣きながら謝りやっと身体が崩壊するのです。

しかも猗窩座は鬼になってから一人も女の人を殺したことも食べたこともないのです。

なんか鬼になってもそういうところ、なんか男らしくて鬼の中でも最強に強くてカッコいいな、痺れるなと感じてしまったのです。

人間の頃は大切な人を守るために強くなることにこだわり続けた猗窩座は鬼になって人間の頃の記憶をなくしても尚、強くなることにこだわり続けました。

鬼になるか鬼殺隊になるかは紙一重

猗窩座の壮絶な過去エピソードを見て感じたことは、「鬼になるか鬼殺隊になるかは紙一重」ということだなと感じました。

鬼殺隊のメンバーは全員大事な人を鬼によって失っています。

その仇をとるため、鬼を亡ぼすために鬼殺隊になっています。

もしも、猗窩座の大事な人を殺したのが人ではなく鬼だったならば・・・

と考えたら、猗窩座は間違いなく鬼殺隊になっていたでしょうし、呼吸法を体得したならば最強でめちゃくちゃカッコいい柱にもなっていたのではないかと想像するのです。

逆に言うと鬼殺隊のメンバーの大事な人が鬼にやられたのではなかったら・・・

大切な人を失ないかけて、絶望の淵にあるときに鬼舞辻無惨が目の前に現れたら・・・

そんな誰もが出会う人によっては鬼にも鬼殺隊にもなりうるんだなと思ってしまったのです。

そこがこの鬼滅の刃の魅力だと思うし、深いなと感じたのです。

鬼滅の刃は現在ある人間世界の闇をも映し出す漫画

この世の中には幸い鬼舞辻無惨も鬼舞辻無惨が造った鬼も存在しません。

何の罪もない人が鬼によって殺されることのない有難い世の中です。

しかしながら、鬼滅の刃で描かれていたような鬼舞辻無惨が来る前の人間同士の醜い争いやいざこざは残念なことに存在します。

ネットで顔の見えない相手に平気で残酷な言葉を浴びせかけ、その心を鋭い刃で滅多切りにする人、いじわるする人、人をバカにする人。嫉妬する人。

そんな人によってどうしようもなく打ちのめされる事が起こることもある世界です。

そうなったとき、自暴自棄にならずに心強くあれるでしょうか。

最近では新型コロナウイルスが猛威を振るっています。

新型コロナウイルスに感染することも健康を損なうのでとても心配ですし怖いですが、実際のところ、健康の心配よりもコロナウイルスにかかってしまったということを周りにどう思われるかの方が怖いという声が多いとも言われています。

自分や周りを守りたいがために、コロナになって人を責める人もいるのです。

朝日新聞の世論調査によると、新型コロナに感染したら健康よりも世間の目が心配と言う人が67%にも及んだと言うのです。

憎きはウイルスであるはずなのに、なぜだか人が人を監視するような流れになってきているのが怖いなと感じます。

そうあってはならないのに。

本当は誰も悪くない。

誰も責めてはならないのに。

人が人を攻撃すること自体はこの世界も、鬼滅の刃の漫画の世界も変わりません。

この世界には人によって攻撃されて弱り切っている人にとどめを刺したり、鬼に変えてしまう鬼舞辻無惨が存在しないというだけです。

人によって傷つけられ、大切な人を奪われた時に、弱い自分が出てきて自暴自棄にならずにどんなに辛くても踏ん張るしかないのです。

間違っても自分を失って他者を傷つけたり、自暴自棄になり間違っても自分自身を終わらせることはあってはならないのです。

弱い自分に負けてはいけないのです。

人を傷つけるのが人ならば、人を救うのもまた人であるのです。

出会った人が鬼舞辻無惨か慶蔵かで猗窩座の人生が変わったように、人もまた出会う人によって堕落するのか、やり直せるのか変わっていくのだなと思いました。

鬼滅の刃は頑張っている人へのエールが満載!!

頑張っている人にとって鬼滅の刃はたくさんのメッセージがあって励まされること間違いなしです。

特に炭治郎が強くなっていく段階で諦めそうになるのですが、それを自分で鼓舞して進んでいくのを見ると励まされます。

頑張れ!!
頑張ることしか
できないんだから
俺は昔から

努力は日々
積み重ねだ
少しずつでいい
前に進め!!

そして昨日の自分よりも前に進んでいくことが大事だと教えてくれます。

人と比べるのではなく過去の自分と比べて成長していることが大事だということを教えてくれます。

呼吸を極めれば様々なことができるようになる。何でもできるようになるわけではないが、昨日の自分より確実に強い自分になれる。

呼吸を極めるのは強くなるための基礎中の基礎なのですが、それを極めることは至難の業です。

でもそれを極めることが出来れば昨日の自分より確実に強くなれると言うのです。

ここでのポイントは誰よりも強くなれるとか人よりも強くなれるというものではなく、出来なかった頃の自分よりも強くなれる、そしてまたそれが大事だと気づかせてくれるのです。

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まとめ

鬼滅の刃の魅力がわからないという方にどうしても読んでもらいたいなと思う猗窩座の過去エピソードをお伝えしました。

完全にネタバレですが、その物語を読んでも捉え方は人それぞれです。

私はこのように感じましたが、あなたはまた違う感じ方をするかもしれませんし、それでもなお魅力がわからないと思うかもしれません。

この話を聞いて漫画を読みたいと思ってくれると嬉しいなと思いますし、またそこで違う感想をもったならそれはそれで面白いなと思います。

一度自分の感性で読んでみてください。

もっともっとここで書ききれないたくさんの魅力が溢れていると思います。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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