スッキリで恩田アナウンサーの乳がん闘病が紹介される

スッキリで中京テレビの恩田千佐子アナウンサーの乳がん闘病について放送されました。

詳しく書いていきます。

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スッキリで恩田アナウンサーの乳がん闘病を振り返る


恩田千佐子アナウンサーと言えば、東海地方で愛されている中京テレビの「キャッチ」のメインキャスターです。

夕方の放送されている毎日の元気な笑顔がチャーミングなアナウンサー。

その彼女が突然番組で乳がんであることを告白し、お休みに入りました。

番組でも紹介され見事に復帰されています。

詳しくはこちらにありますので、是非ごらんください。

【キャッチ】恩田アナが乳がんで全摘手術後、無事復帰!

恩田千佐子アナウンサーが乳がんの闘病を振り返る

恩田さんはがんになったことを視聴者の皆さんには今後の参考になるためにも診察や治療のことをすべて公表しようと思ったそうです。

そのことについては何の迷いもなかったそうです。

乳がんのことを隠すことが余計に心配させると思ったので治療のこともすべて自分をさらすのは何の抵抗もなく当たり前だと思っていたとのこと。

まさにプロ魂。

50歳で乳がんと診断されました。

まさか自分が。という想い。

最初は転移の可能性の低いステージ1。

さまざまな治療の選択を迫られした。

乳房摘出するのか?温存手術するのか?放射線治療するのか?

何より子供にどう伝えるのか?

旦那さんは13年前くも膜下出血のため亡くなっています。

乳がんとわかったときに最初に伝えたのが娘さん。

高校生の息子さんにはなかなか伝えられず手術が決まってから話しました。

淡々と仕事の打ち合わせのようなその雰囲気がまるで他人事のような話し方でした。

そうしないと冷静に伝えられなかったんだろうなとおもいます。

視聴者にも伝えなければならないと思ったそうです。

番組内で乳がんの手術を受けるために2週間ちょっとお休みすると番組の最後に伝えました。

すぐに視聴者からのメッセージがたくさん届きました。

その声に「ありがたい」と涙をうかべていました。

母として教えておきたいこととして、娘さんに胸を触らせて乳がんがどんなものか見せていました。

手術前、娘さんと握手して思わず娘さんが涙。

心配でいっぱいだったことだと思います。

約3時間の予定の手術が始まりました。

恩田さんは右の乳腺を全摘出と言う選択をしました。

でも思って以上に大変な手術になりました。

手術中の検査で脇のリンパ節にも転移していることがわかり、それもすべて取り除き、手術は5時間に及びました。

手術の翌日、涙を流す恩田さんの姿がありました。

実はがん宣告を受けたあの日から治療や仕事のことで周りから様々なことを言われていました。

自分の選択は合っていたのか?と悩む様子が映されていいました。

もし家族とか親しい人が乳がんになった時に、本人が選んだことを肯定して寄り添って欲しいなと言ってました。

ちょっとでもこうしたほうが良かったんじゃない?とか言われると自分のした選択がよくなかったのかなと思うと。

本人が決めたら「がんばろうね」って言ってあげて欲しいと。

迷ってばかりだから決めたこと関しては後押ししてほしいという言葉はもし大事な人がそういう場面になったときに私もそうしたいなと思いました。

恩田アナ、抗がん剤治療をやるのかやらないのか?出した答えは?

再発を防ぐための抗がん剤治療をやるのかやらないのか?

医師の説明では再発しない可能性が90%くらいになった場合、それに抗がん剤を加えておいて3~4%上乗せ効果はあるということです。

3%のための抗がん剤治療。

悩んだ結果、子どもたちのために抗がん剤治療を決めました。

吐き気や倦怠感、脱毛などキャスターとしての仕事が出来るのか?とても悩んだそうです。

抗がん剤治療を受けながらキャスターの仕事を続けたいという想い。

それを番組のスタッフさんに伝えたようです。

番組の人事部長は抗がん剤治療をやりながら番組に出る意思はあることは聞いていたけれど、さあすに副作用がどうでるかわからないので、番組に出演する選択肢はない。

まずは本人の健康第一ということで当然番組出演も全てなしにして治療優先というスタンスで人事部は方針を出したそうです。

番組のプロデューサーさんは番組の為に復帰してい欲しいと思ったわけではなく、休み続けることが彼女のためなのか、戻る場所に戻って頑張ることが彼女を支えるのかどっちの方がより身体も心も含めて活き活きと生きられるかと考えたときに仕事を続けながら治療していくのが一番良いのではないかと彼女と話していて感じたということです。

結論は降板ではなく、無期限の休養。

抗がん剤治療が始まりました。

3週間ごとに4回点滴をします。

すぐに復帰できると思いましたが、夕方から徐々に吐き気が。

ソファに倒れ込みトイレに行くのもままならない状態1週間続きました。

そして恐れていた脱毛がはじまります。

復帰を諦めかけた瞬間でした。

2か月以上続いた抗がん剤治療。

その後徐々に体調も戻り、2018年の3月番組に復帰することができました。

ウィッグをつけての出演でした。

ウィッグであることに気付かれないか心配していましたが、そんな気持ちも髪の毛が生えてくると徐々に消えていきました。

9カ月間ウィッグをつけていましたが、それをとって出演する日が来ました。

ひとつずつ進んでいる感じがします。と語っていた恩田さん。

その当時の様子をこちらに詳しく書いています。

【キャッチ】恩田アナがベリーショートに!その姿に勇気をもらう人多数!

スッキリの加藤浩二さんが脇のリンパ節の転移は手術前にMRIやレントゲン、内視鏡などの検査でわからないんでしょうか?とい疑問でした。

それはとても難しいらしくて恩田さんも恐らく転移はないだろうという診断だったけれど、手術中にリンパの一部分を検査にまわしたところ脇のリンパに転移が認められたので全部摘出することになりました。

結局ステージⅠだと思っていたのが結局ステージⅡbだったということでした。

今もキャスターの仕事をしています。

現在も治療は続いています。

ホルモン療法で毎朝1錠薬を飲むとのことで、これが10年間続きます。

3か月に1度乳腺外科を受診されています。

もうすでに2年経ったのであと8年残っています。

家族との向き合い方に変化はあったのでしょうか?という水卜アナの質問にはこのように答えていました。

去年は娘さんと旅行にいったり、コロナで在宅勤務で娘さんと息子さんとゆっくりと一緒に過ごす時間が多かったそうです。

今まであんまり言わなかったことをなるべく声に出して言うようになったそうです。

娘さん用、息子さん用にノートを作ってそれに入院中に感じたことや親として伝えたいこと、旦那さんとの馴れ初めなんかも書いて渡そうと思っているそうです。

なんて素敵なお母さん!!

仕事についての考え方、これからの人生の考え方についての変わった部分はありますか?という質問に対してはこのように答えられています。

仕事に関しては自分が頑張らなきゃ、自分が守らなきゃという風に思っていたけれど、休んでいる間に後輩たちが頑張っている姿を見て、肩に力がはいっていたなと。番組はみんなで作っているもので、想いが伝わって頑張りすぎないように気持ちが変わりました。と。

人生については、いつかは終わりが來るんだなということを実感しました。

生きてる間に出来ることはなんだろうって優先してするようになりました。

エンディングノートのように家の中にこういうものがあるとか、保険のことや、貯金のことなど突然自分がいなくなった時に子どもたちが困らないように書き綴っているようです。

恩田千佐子アナウンサー現在の活動は?

ススメプロジェクト

中京テレビが発足し、乳がんで悲しむ人を減らす目的で、乳がんの早期発見、早期治療できるように正しい知識と検診の大切さを伝えます。

一歩先へススメ

恩田さんの闘病記録、子育てのこと、専門医による乳がんの基礎知識、セルフチェックのやり方を綴った1冊になっています。

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本当に赤裸々にいつでも自分に起こったことを伝えてくれる恩田アナウンサー。

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強い女性に力を貰いました。

そして乳がん検診の重要性を強く感じるとともに、活き活きと輝いている今の彼女を見ていると、同じ病気で不安いっぱいの中にいる人の希望の光のように思います。

元気な姿をこれからも見守りたいです。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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